2020/12/21
A、パワーハラスメント調査においては、基本的に双方の主張が食い違うことが通常です。
会社としては、第三者証言を含めた事実確認を進めながら、社外有識者の意見も入れながら客観的な評価をすることで、公平さを担保していく必要があります。
また、調査の過程で、「パワーハラスメントとまでは言えないが社会人として不適切なコミュニケーション」などの問題が明らかになるケースが見られます。
そうしたコミュニケーション上の問題があると、そこがボトルネックになり組織のレベルを引き下げる要因になりますので、不足感のある者には自覚を促すような指導をしていく必要があります。
パワーハラスメントに関する法令や企業側の措置義務については、多くの行政資料等が無料公開されているのでそちらをご覧いただきたいと思います。本稿では、企業の調査担当者の立場になり、実務的な視点から、公平な対応と円滑な解決に向けた視点について考えてみたいと思います。
なお本稿では、パワーハラスメントの被害者とされる人(申告・相談している人)を「申告者」、パワーハラスメントの加害者とされる人を「行為者」、相談を受けて調査を行う会社側の人を「調査担当者」と呼称します。
調査はヒアリングを中心に行うことになりますが、当事者の話の傾向として、事実関係よりは「~というつもりはなかった」とか「~のように感じた」といったような「意図」や「受け止め方」の主張になることが多くなります。
例えば、「業務指導として言ったものであり威圧する意図で言ったのではない」「私は激しい威圧・暴言として恐怖感を感じました」といった水掛け論になってしまい事実究明が進まなくなってしまいます。
調査担当者としては、「意図」や「受け止め方」に必要以上に深入りするのではなく、「発言内容」や「行動」といった事実関係に着目していくことがポイントになります。
まずは、「誰が」「いつ」「どこで」「何を」といった基本的な事実関係が曖昧なことが多いですから、時系列を整理した上で事実関係を行います。その後に確認できた事実について、「なぜ」「どのように」といった態様を確認するようにしましょう。可能であれば、客観的に状況を見ていた第三者がいるようであれば、その第三者証言を得られると事実関係が見えやすくなります。
会社が不祥事を起こした際に第三者委員会というしくみを入れますが、パワハラ調査も同様に、意識的に社外の意見を入れていくことで、当事者の納得感が高まる効果が期待できます。
不祥事として社内で内密に処理しようとすればするほど、会社が恣意的な判断をしているかのように見えてしまい公平・円満な解決から遠のいてしまいます。
多くの場合は、「個々の事実を確認するとパワハラになる部分もあるし、パワハラとまでは言えない部分もあると」いったような濃淡のある調査結果になります。
会社側としてはどうしても行為者側に立ってしまう傾向がありますので、バランスをとる意味でも、個々の事実の判断を行うためには、顧問弁護士、顧問社労士、行政の相談機関の意見を聞きながら、中立的な評価を行っていく姿勢が大切です。
なお事案によっては、労働者から過剰と思われる申告がなされるケースもあります。中には解決を急いで欲しいという思いのあまり、調査結果が出る前に、申告事実を前提とした謝罪や人事対応を要求され、要求が通らないと行政機関への申告を仄めかされるケースがあります。
(例:「○月○日までに謝罪と行為者の処罰がなされない場合は労働基準監督署に申告します。」)
そうした状況では、敵対的な関係が増幅されてしまい、公平な調査や円満な解決は望めません。
会社としては行政機関への相談を忌避するのではなく、「むしろ一緒に行政機関に相談に行きましょう」「ぜひ行政機関の意見も聞いて当社に共有してください。当社としても社外有識者の指導を仰いで不備があったところは一緒に改善に当たっていきたいです。」といったオープンな姿勢になる方が解決は近づくように感じています。
「法令上のパワーハラスメント」と「パワハラっぽい」は違います。前者については、行政ガイドラインで定義や該当例が示されていますので、そうしたガイドラインを物差しとして客観的に事案の評価を行う必要があります。
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
(令和2年1月15日厚生労働省告示第五号:厚生労働省)
ここで示されている定義は、
『職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。』というものになります。
また、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
「労働者の就業環境が害される」とは、
当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。
他方「パワハラっぽい」というのは、そう感じている人がいるといった主観的な話になります。業務上の指揮命令で、繁忙期に過密な業務が重なったり、急な納期での依頼が来たりすることはあるのですが、それを「こんなのパワハラっぽいですよ」と感じる人がいることはあると思いますが、それが「法令上のパワーハラスメント」に該当するかどうかについては別途客観的な基準で評価する必要があります。
※なお、社外の有識者や行政機関に相談した場合でも、「それがパワハラかどうかの確定判断」はしてもらえません。敢えて白黒つけることにこだわるのであれば訴訟になるのですが現実的ではなく、当事者間で、一つ一つの事実確認をしながら、該当行為があったか否かを話合って改善していくことが求められています。
多くのトラブル事例において見られる傾向ですが、「法令上のパワーハラスメント」とはいえないけれども「上司と部下のコミュニケーションとして不適切なもの」というものがあります。いわゆるグレーゾーンと言われる部分になります。これを「黒でないから問題ない」と居直るか、「そもそもグレーがあることが社内トラブルの要因である」として積極的に解決に動くかという判断が企業のモラルということになります。
職制で上に立つ者のコミュニケーションレベルに問題があるというのは、労働法令の問題だけではなくビジネスとしての成長性、生産性の観点からも大きな問題と認識する必要があります。
上司のコミュニケーション技法としては、定番と言えるようなテクニックはすでに確立されており、各種の管理職研修やマネジメント研修などで言及されています。特に、業務上で厳しい内容を部下に伝えなければいけない場面でハラスメントトラブルが起こりやすくなります。「オブラートに包む」という表現があるとおり厳しい内容と伝えるときほど配慮と工夫の見せ所になります。
例えば、
こうした基本的なコミュニケーションスキルや配慮を身につけていない人物が、現代のマネジメント環境では成果を出していくことは難しいと言えるでしょう。
他方、ハラスメントは管理職(上司)のものだけではありません。部下の立場を悪用して受け身に徹して実質的なサボタージュをする態度とか、特定の仕事を囲い込んで周囲にプレッシャーをかける態度など、そうしたコミュニケーションのあり方は、本人の利益になるかどうかは別として、多くの同僚からは好まれないものとなっています。
ハラスメントトラブルを頻発させる土壌というのは、会社のコミュニケーション風土に起因するものです。もしご不安な点があれば、社外有識者の意見を求めるなど改善の道を探っていただきたいと思います。
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