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労務管理|【IPO労務】取引所が重視している上場準備の重要論点は何か?

2021/06/29

Q、将来的な上場に向けて、人事労務面の整備を進めていきたいと考えています。労務に関しては審査基準が厳しくなる傾向にあると聞いていますが、優先的に取り組むべき論点はありますか?

A、取引所の公開資料から読み取るところ、次の4大論点の優先度が高いと考えます。

  1.   ① 勤怠管理の安定化(勤怠システムとログ照合)
  2.   ② 36協定の管理オペレーション(協定更新作業、労働者代表者選出プロセス、特別条項の発動手続、回数管理)
  3.   ③ 割増賃金の計算、支給の厳密化
  4.   ④ 保守的な管理監督者の制度設計
 

解説(公開日:2021/06/29  最終更新日:2021/08/19 )

 

取引所や主幹事証券会社が求めているのは「労働法令遵守」に尽きるのですが、一言に法定遵守と言っても、論点は無数に存在することになります。限られた時間とコストの中で効率的に整備を進めていくためにも、優先度判断が重要です。

 

具体的に論点をイメージするためには、取引所の公開資料(申請書類や記載要領)にヒントを求めていくことで、取引所が何を重視しているかをくみ取ることができます。本稿では、特に取引所が重視している「勤怠管理」「36協定」「割増賃金」「管理監督者」の4大論点を確認していきたいと思います。

 

日本取引所グループ発行「新規上場申請のための有価証券報告書(IIの部)記載要領 10.従業員の状況について」より抜粋させていただきます。

a 勤怠の管理方法及び未申告の時間外労働(いわゆるサービス残業)の発生防止

勤怠の管理方法(労働時間の記録、管理職による承認、人事担当部署による管理の方法を含みます。)及び未申告の時間外労働の発生を防止するための取組みについて記載してください。

 

近年の最重要論点になっています。

「勤怠の管理方法」とは端的に言いますと「1分単位打刻・客観的打刻・切り捨てなし」の勤怠システムを指し、「未申告の時間外労働の発生を防止するための取組み」とは、勤怠記録の裏付け照合が可能なログ確認システムを指していると考えられます。昨今の状況では「ログを取る必要があるか否か?」といったレベルの議論はすでに終わっており、「ログ取りにどんなシステムを使うか?」が中心的な検討事項になっています。

 

b 時間外及び休日労働に係る労使協定の内容

時間外及び休日労働に係る労使協定を締結している場合には、その内容(36 協定に特別条項が設定されている場合には、その内容を含みます。)について記載してください。

 

たび重なる法改正により、36協定の記載事項が厳密化されています。過去に行われていたようなテンプレートの使い回しでは運用との不一致が出てしまいます。上場審査では、協定内容だけでなく、「運用との一致」が問われますので、実務的に可能かつ適法な内容になるように慎重に検討する必要があります。

 

c みなし労働時間制

みなし労働時間制を採用している場合には、適用範囲、適用範囲ごとの適用者数、当該範囲の決定理由、みなし労働時間の決定理由、適用者の労働時間管理方法及びみなし労働時間制に係る労使協定の締結状況を記載してください。

 

労使協定によるみなし労働時間制については、導入率は決して高くありませんが、制度を導入している場合は、その理由を企業として説明可能な状態にしておきましょう。自社でも導入理由が分からないような制度は、そもそも論として存続の可否を検討する必要があります。(なお、変形労働時間制や裁量労働制も同様で、導入理由の説明が必要になります。)

 

d 平均時間外労働時間の推移

最近1年間及び申請事業年度における事業セグメント・職種ごとの各月の平均時間外労働時間の推移を記載してください(管理監督者(管理職)を含みます。また、季節変動性がある場合には、その理由も記載してください。)

 

e 36 協定違反の状況

最近 1 年間及び申請事業年度において 36 協定(特別条項を締結している場合には当該条項の内容)に違反している従業員が存在する場合、違反事由別に事業年度及びセグメント・職種ごとの延べの違反人数、発生原因を記載してください。

 

f 長時間労働の防止

長時間労働の防止のための取組みについて記載してください。eで違反事象を記載した場合は、その原因分析を踏まえた再発防止策にも言及してください。

 

一般的な中小企業では、勤怠は締めてから検証することが多いのですが、上場準備企業では、「締めてみたら36協定の違反が見つかりました。」といった後手対応では勝負になりませんので、労働時間の常時モニタリングは必須になります。36協定の特別条項発動管理や特別条項の上限違反者への警戒のため、現実的なモニタリングフローの構築をご検討ください。勤怠システムのアラート機能を過信せず、法令基準に添って人手で直接確認をする覚悟が必要です。

また、36協定については、上限時間の遵守だけではなく、手続面も含め、違反ゼロで走りきることが求められます。繰り返しになりますが、36協定は適当なテンプレートで作成するのではなく、上限時間の設定や手続きについても「確実に遵守可能な内容」を考えて作成することが大切です。

 

g 賃金未払いの発生状況

最近1 年間及び申請事業年度における従業員に対する賃金未払いの発生状況(発生時期、期間、件数、金額)及びその後の顛末について記載してください。

 

上場準備の過程で、割増単価の相違や固定残業手当の差額未払いなどが発見され、未払賃金清算が発生することが多いです。それ自体は過去の瑕疵であり、悪意をもって行われたものでない限り、過剰に責められるようなものではないと考えられますが、大事なのは、「発生原因が特定され、将来に向けて解決されているか?」です。同様の事象が繰り返し再発するのであれば、根本的な制度設計に不適切な部分があると考えられます。

また、未払賃金精算は単に払って終わりではなく、「重要な労使合意」なので、未払賃金清算のプロセス資料(計算資料、労働者への説明資料、合意書)を整理して保管しておく必要があります。

 

h 管理監督者

部署ごとに、企業集団各社で定義(認識)している管理監督者(管理職)の数と、労働基準法で定めるところの管理監督者の数を一覧にして記載してください。なお、差異が発生している場合にはその理由も記載してください。

 

不思議な質問形式ですが、取引所の質問の前提として「企業側の認識している管理職」と「法令上の管理監督者」にはギャップがあり得ることが前提になっています。

各企業様がお悩みのとおり、「法令上の管理監督者」は明確な基準がひきにくいところです。明確な基準がないからといって曖昧にするのではなく、企業として、疑義を招きにくい明確な制度設計を心掛け、拡大解釈を行わず、経営層(取締役)に近い階層に限定すべきと考えます。

 

以上、重要論点です。これだけを見れば、人事労務担当者であれば、誰でも知っている初歩的で教科書的な論点とお感じになると思われますが、当たり前を当たり前にやりきることがいかに難しいかという点は、実感されておられるところかと思われます。

 

できるだけ、グレーゾーンやブラックボックスを作らず、合理的な説明が可能な状態を意識していただくとよろしいかと思います。

 

弊社では、実務的な観点から、労務管理や人材管理の整備をご支援させていただいております。人事労務管理でお悩みの場合は、お気軽に下記問い合わせフォームよりお申し付けください。

 
 

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