2022/08/29
A、税務争議は多大な費用と時間がかかる司法制度によって解決するしか術のなかったインドで、2012年、移転価格税制に関する事前確認制度(Advance Pricing Agreement : APA)が導入されました。インドでは、中央直接税委員会(Central Board of Direct Taxes : CBDT)がAPAの確認の担当機関となっています。
APAは企業が国外関連者と取引を行う際、その取引に係る移転価格に関して、その企業が採用する独立企業間価格(Arms Length Price:ALP)及びその算定方法の妥当性を、一定期間、税務当局から事前に確認を受けるものです。APAによって得られる移転価格税の予見可能性の確保は、移転価格調査の結果がもたらすリスク等の不確実性を排除し、企業にとってコストの高い移転価格課税の発生を未然に防止することができます。これまでインドで成立したAPAは、企業による債務保証(子会社の銀行からの借入債務の親会社による保証など)、ロイヤリティの支払い・受取り、ITサービス、企業グループ内支払い、経営サービス、事業サポート等の分野が主となっています。
インドでAPAが導入されてから10年。納税する企業の関心の高まりは、CBDTへのAPA申請数に顕著に示されています。2018年度のインドのAPA報告書によると、2012年度から2018年度までの申請数は計1,155件、そのうち271が成立しました。
成立したAPAは、2018年度が52件、2019年度が57件と、最多だった2016年度(88件)や翌年2017年度(67件)に比べ大幅に減少しました。この理由として、CBDTは、国外関連者との取引が複雑であることから当局による分析に時間を要したことが主因だとしていますが、インドでも猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の拡大は、APAにも影響を与えました。
2020年1月からのコロナ蔓延を受け、2020年度のAPA成立件数は、2019年度と比較して45%以上も減少しました。インド政府によって定められたコロナ対策としての各種制限により、協議や現場訪問等の作業の停滞した為だとCBDTは説明しています。
このような状況の中、対応策としてAPAにリモート署名プロトコルが導入されました。財務省発行のプレスリリースによると、2021年度に成立したのは、インドと租税条約を締結している相手国との相互合意による二国間APAが13件と、国内APAが49件の計62件に上りました。このうち、30件は2022年3月に署名されたものです。2012年から2021年度までのAPA総数は421件に達しました。改善が見られますが、APAには長い時間を要することが問題となっています。CBDTの人員不足も指摘されています。
APAをより迅速に処理し拡大していくことは、企業ばかりでなくインド当局にとっても大きな意義があります。CBDTは現在、約1000件ものAPA未処理案件を抱えていますが、今年度中に過去最多のAPAを処理することを目論んでいます。そのためには、当局の構造改革、担当職員を増員や処理能力の高いAPA事務所をより多くの都市に開設してAPA処理能力を拡充することが求められます。また、米国やオーストラリアなどAPAの見直しを行った国々の例も参考にしつつ、これまで10年間の経験を基にAPA更新案件の効率的な標準作業手順書(SOP)やルーティンワークの外注などに係るガイドラインの整備、国内APAのタイムラインの改善等にも取り組む必要があるでしょう。
既に成立し発効しているAPAに対するコロナ禍の影響も看過できません。コロナ禍は企業の活動及び収益にも大きな影響を与えました。実際の収益とAPAで確認された収益とのギャップが企業に多大な財政的困難をもたらす可能性があります。比較対象企業の収益も減少が想定されるため、確認を受けたAPAの再検討が必要です。規定では、APAの根拠となっている重要な仮定が、ビジネス条件の大幅な変化によって重大な影響を受けたり変更されたりした場合、適用中のAPAの条件を改訂することができるとされています。
サプライチェーンにコロナ禍の影響を受けた多国籍企業は各国の税務当局と締結された二国間APAを含め、自社の移転価格に係る立ち位置の見直しを余儀なくされました。インド政府は、これまでのところ、コンプライアンス期限の延長を許したのみに止まり、多国籍企業体のインド法人に向けた移転価格税制支援に関する他の具体的な計画・是正措置など積極的な政策・対応を示してはいません。インド当局の今後の対応が望まれます。
経済協力開発機構(OECD)が2020年12月に発表したコロナ禍の移転価格への影響に関するガイダンスの中には、コロナ禍の混乱により企業が受けた影響を評価・管理するため、APAの移転価格方法論のインプリケーションに関するガイドラインが含まれています。このガイドラインは、APAと、コロナ禍に多大な影響を受けた実状との間に生じている「ずれ」を、どのように解決すべきか、企業および税務当局に潜在的な解決策を示すものと言えるでしょう。
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